3行まとめ
- 2021年に入れた防御 DyPrIsCloudflare の Dynamic Process Isolation。ハードウェアの性能カウンタを見て、怪しいスクリプトを別プロセスへ移す。用語集でこの語を見る に穴があり、検知をすり抜けた
- 本番環境の Workers から JWT が毎秒12ビット、精度99%超で漏れた
- 対処は V8 サンドボックスと MPKMemory Protection Keys。プロセス内のメモリを領域に分け、権限の判定を CPU に任せる。用語集でこの語を見る によるハードウェア分離
何が起きたか
Cloudflare が自社の Workers に対する SpectreCPU の投機実行が残した痕跡から、本来読めないメモリの中身を推測する攻撃。用語集でこの語を見る 攻撃を、自分で作り直して成功させました。研究は2024年から2025年前半。結果は論文として公表されています。
Workers は世界中のエッジサーバーで他人の JavaScript を動かす仕組みです。数万のテナントが同じ OS プロセスを共有します。2021年、Cloudflare は攻撃らしいスクリプトを別プロセスに隔離する DyPrIs という防御を入れました。
今回、その実装に穴が見つかりました。攻撃側の Worker から標的を fetch すると、多くの場合は同じプロセスに同居します。そこから JWT トークンを1ビットずつ抜き出せました。
速度は毎秒12ビット、精度は99%超。攻撃は既に対処済みで、過去3年に悪用の痕跡は見つかっていません。
なぜ難しい・何がすごいか
難しさは、時計がないことです。Spectre はキャッシュに残る数ナノ秒の差を読む攻撃です。Workers では CPU 計算中の時間が事実上凍っています。
Date.now() も performance.now() も進みません。共有メモリもマルチスレッドもないため、別スレッドでカウンタを回す定番の手も封じられています。
研究チームは時計を外に置きました。WebSocket でつないだ外部サーバーに時刻を刻ませ、その差分を測ります。ネットワーク越しの計測はミリ秒の幅で揺れます。
それでも足りたのは、信号そのものを増幅したからです。L1 キャッシュの追い出し規則の癖を突くと、1回のキャッシュ差を大量のヒットとミスの差に膨らませられます。ノイズより信号が大きければ勝てます。
たとえ話
CPU は分岐に来ると、どちらに進むかを予測して先に走ります。当たれば時間の節約、外れれば巻き戻します。
図書館の司書を思い浮かべてください。「たぶんこの本だ」と書庫から先に持ってくる。違えば棚に戻すので、貸出記録には何も残りません。
それでも持ち出した1冊だけは、他より少し温かい。Spectre はその温度を測って、司書が何を取ったかを当てます。
用語ミニ辞典
- Spectre: CPU の投機実行が残した痕跡から、本来読めないメモリの中身を推測する攻撃。
- V8 アイソレート: JavaScript を言語レベルで隔離する単位。1プロセスに数万のテナントを同居させられる。
- DyPrIs: Cloudflare の Dynamic Process Isolation。ハードウェアの性能カウンタを見て、怪しいスクリプトを別プロセスへ移す。
- Durable Objects: Workers でリアルタイムな連携を担う仕組み。届く WebSocket メッセージごとに実行の上限がリセットされる。
- MPK: Memory Protection Keys。プロセス内のメモリを領域に分け、権限の判定を CPU に任せる。
技術者向けの深掘り
攻撃の入口は投機的な型混乱です。当時の Workers に V8 サンドボックスはありません。ポインタ圧縮下でも、TypedArray だけが生の64ビットポインタを持っていました。
型チェックの分岐を誤学習させて別の型を読ませると、任意アドレスの読み出しに化けます。
キャッシュの追い出しは鳩の巣原理で済ませています。256KB の L2 に対して 64MB を確保すれば、無作為に選んだ行が残っている確率は最大256分の1。狙って追い出す代わりに、空いている場所を毎回引き当てます。
CPU 時間30秒の上限は Durable ObjectsWorkers でリアルタイムな連携を担う仕組み。届く WebSocket メッセージごとに実行の上限がリセットされる。用語集でこの語を見る で越えました。WebSocket メッセージが届くたびに上限がリセットされ、1つのアイソレートを5時間から20時間以上保てます。DyPrIs は実行が終わってから隔離するため、この長さには追いつけません。
正規化の設計も裏目に出ました。DyPrIs は分岐予測ミスを iTLB アクセス数で割ります。時計代わりの WebSocket が I/O を膨らませると、比率は閾値の下に沈みます。
ふつうの I/O 重めの Worker に見えます。
これは自分に関係ある?
- Workers を使っている人: 対処は済んでいます。V8 サンドボックスに加え、2025年9月に入った MPK による分離が、アイソレート間の読み出しをハードウェアで止めます。
- 共有ランタイムを運用する人: 検知の置き場所に効く話です。長時間の実行と I/O の多い処理を背景ノイズとして扱うと、そこが抜け道になります。
- 攻撃手法を追う人: 論文が読めます。負荷で揺れる本番環境でも、増幅と統計で信号は拾えるという実証です。
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