3行まとめ
- 実行したはずのコマンドが履歴から消える現象を10年越しで追った記録
- 犯人は Zsh 自身。修正入りの 5.9.2 が2026年7月12日に出た
- 決め手は Zsh をわざとクラッシュさせ、core dumpプログラムが落ちた瞬間のメモリ内容を丸ごと保存したファイル。変数の値を後から読める。 を読むこと
何が起きたか
Zsh の履歴ファイルから、実行済みのコマンドが数年分まとめて消える。この現象を追い続けた調査記録を Michael Stapelberg さんが公開しました。
症状はこうです。前日に打ったはずのコマンドが Ctrl+Rシェルで過去に打ったコマンドをさかのぼって検索するキー操作。 の履歴検索に出てこない。~/.zsh_history を開くと古い項目だけが残り、新しい行が丸ごと欠けています。
壊れた文字も途中で切れた行もなく、ファイルの見た目は正常でした。最初の数回はバックアップから戻して済ませています。それでも再発は止まりません。
彼は2025年3月に zsh-workers メーリングリストへ報告。Bart Schaefer さんが4月に修正を投稿しました。2026年7月12日公開の Zsh 5.9.2 に、その修正が入っています。
なぜ難しい・何がすごいか
再現手順が分からないバグは、待ち伏せするしかありません。しかも Zsh は終了時に、履歴ファイルを読んで別ファイルへ書き直し、名前を付け替えて置き換えます。この動きは正常時も異常時も同じ形に見えます。
著者はまずファイル監視の inotify を試しましたが、どのプロセスが書き換えたのか分かりません。fatrace ならプロセス名と PID は出ます。ただし読み書きしたバイト数までは追えない。
そこで bpftraceLinux カーネルの中に小さな監視プログラムを仕込み、システムコールを記録するツール。 でシステムコールを常時記録する仕掛けを常駐させ、履歴が壊れた日のログを手に入れました。
正常時には残る「読み込みが末尾まで届いた」印が、壊れた日には無い。ここで犯行の輪郭が出ました。
たとえ話
監視カメラを増やしても、肝心の瞬間は映りませんでした。そこで著者は金庫の側に細工をします。中身が減ったまま閉じようとしたら、その場で機械ごと固まる仕掛けです。
あとは固まった現場をゆっくり調べればいい。Zsh に当てたクラッシュ用のパッチが、この細工にあたります。
用語ミニ辞典
- Ctrl+R: シェルで過去に打ったコマンドをさかのぼって検索するキー操作。
- bpftrace: Linux カーネルの中に小さな監視プログラムを仕込み、システムコールを記録するツール。
- core dump: プログラムが落ちた瞬間のメモリ内容を丸ごと保存したファイル。変数の値を後から読める。
- SIGINT: Ctrl+C を押したときにプロセスへ送られる中断の合図。
技術者向けの深掘り
読み込みの中断が、書き出し側に伝わっていませんでした。Zsh は終了時に zexit から savehistfile を呼び、履歴を圧縮し直します。その中で readhistfile がファイル全体を読み直します。
シグナルが届くと errflag & ERRFLAG_INT を見て、読み取りを打ち切ります。savehistfile 側はこの中断を見ません。読めた分だけを書いて、そのまま置き換えていました。
著者は savehistfile が5万行未満を書いたら落ちるパッチを当てます。
+ if (tmpfile && lines_written < 50000) {
+ char *crashptr = (char*)0x23;
+ *crashptr = 42;
+ }取れた core dump では lines_written が45546、呼び出し元が持つ履歴数は51183。errflag は2、lasthist.interrupted は1でした。
設定も効いています。HISTSIZE=4000 に対して SAVEHIST=10000000。さらに INCAPPENDHISTORY で、全セッションが1つのファイルへ追記し続けます。
ファイルが育つほど読み込みは長引き、終了直後の Ctrl+C が刺さる窓が広がります。
これは自分に関係ある?
- Zsh を使っている人: Apple は2019年に macOS の既定ログインシェルを Zsh に切り替えました。ただし著者は、SIGINTCtrl+C を押したときにプロセスへ送られる中断の合図。 が飛びやすい終わらせ方をする人はそう多くないだろうとも書いています。
- Debian で版を固定している人: 著者は zsh と zsh-common の両方を固定するよう注意しています。片方だけだと zsh が消えることがあります。
- AI に調査させたい人: 著者は症状と bpftrace のログだけを渡し、AI モデルが原因にたどり着けるか試す eval を作りました。上位モデルは正解に届いています。トークン費用は3回ほどで300ドルを超えたそうです。
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